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ペルーのマチュピチュを後にして、僕は隣国のボリビアへと向かいました。目的は、ウユニ塩湖。ネットで見つけた「ありえない光景」に身を置いてみたくて、夜行バスを2夜連続してようやく辿り着きました。

あのね。

ここ、スゴ過ぎです。

地球上なのに、地球じゃないような風景。

でも、これが地球なんですね。

こんな世界を知る事ができて、素直に幸せです。

さて、これからボリビアの旅が始まります。



 



ペルーから続く南米の旅、第二弾。以下の旅程で濃い色になっているところが、ボリビア部分である。


4/25(土):成田発、LA経由、リマ着・・・LAでは空港が一時封鎖となり、いきなり焦った。

4/26(日):リマ発、クスコ着。クスコ散策。機内で一緒だったヤジマさんと夕飯。ねずみの肉を喰う。(とか書くと、うわぁと思われそうだが(笑)味は結構、うん。特徴的であった。)

4/27(月):早朝5時50分に出発、列車でてマチュビチュへ。道中、オーストラリア人夫妻とアメリカ人元教授と相席。マチュピチュ山へトライし、見事にフラフラとなった。

4/28(火):早朝5時半のバスでマチュピチュへ。ワイナピチュを登る。インカの橋まで行き、クスコへ。着後、そのままボリビアはラパスへと夜行バス(22時)に乗る。

4/29(水):11時頃ラパス着。そのままバスターミナルでだらだらとし、19時に夜行バスに乗り、ウユニを目指す。夜行バス2連チャンである。めちゃくちゃに寒く、悪路で(かつ臭く)、眠るのに苦労した。

4/30(木):早朝5時半ウユニ着。日本人、ギリシア人、アイルランド人、フランス人とパーティーを組み、ツアー参加。ウユニ塩湖を見物し、ひたすらに感動。なんだここは!

5/1(金)  :音楽(スペイン、ジャマイカ、キューバ、日本)をかけながらランクルは走る。高度4200m。ラグーンを見て、高山病になりながら、コカの葉を噛む。大貧民をやった(負け過ぎ)。

5/2(土)  :噴煙を上げる間欠泉、緑のラグーンを見て、ツアー終了。チリ抜けする日本人とギリシア人に別れを告げ、ウユニへ。そのまま夜行バスにてラパスへと戻る。

5/3(日)  :一番ホテルに宿泊。ラパスで土産を買い、街を見物し、夜は夜景を撮るために、タクシーを一時間チャーター。ラパスの夜景は独特の美しさを持っていた。

5/4(月)  :早朝4時発、6時50分ラパス発、マイアミ経由でダラスへ。機内にてFDA監査官が隣だった(!)日本人二人とも出会い、ダラス空港に泊まる(寒くて腹がやられる)。

5/5(火)  :ダラス10時発。どうにも腹の調子が悪く、とにかく暖かくして眠り続けた。

5/6(水)  :成田13時着。新型インフルエンザの検疫のため、1時間近く機中に拘束される。機中の2名が検査にひっかかった。自分は大丈夫だろうか...?


後日談:5/7(木)時差ボケ(?)で、早朝4時半に目覚める。ホットシャワーとカップヌードルの後、これを書いている。 楽しかった! さて、そろそろ会社に行かなくっちゃな。




 




クスコからラパスへと夜行バスで向かった。あまりの臭さに(ペルー編参照)初めは眠るのにも苦労していたが、疲れには勝てない。

いつの間にか僕は眠りに落ちていた。


明け方、ふと目が覚めると、目の前に夜明けのチチカカ湖が広がっていた。

これはやばい。

あまりの綺麗さに、慌ててカメラを取り出す。


(みんな、ごめん。)


と思いながら、シャッターを切りまくった。

(僕のカメラ(ペンタックスのK200D)はシャッター音がでかい。恐らく、周囲の人はうるさかっただろう。。)









しかし、何度見直してみてもいい写真である(自分で言うな(笑))

走行中のバスから撮ってこれなのだから、外に降りて、しっかりポイントを選んで撮れば・・・きっともっといい絵が撮れただろうなぁと思う。

しかし、残念ながら僕がチチカカ湖と接触できたのはこのときだけである。


それは遠く離れたウユニに行くため・・・仕方のないことではあった。しかし、非常に残念だ。



さて、デサグアデーロは悪名高き国境の街である。

特に、日本人をターゲットに軍人や警官がカツアゲをするらしい。

できれば通りたくなかった。(日本人でこの情報を持っている人は、大体が避けている。僕は早くラパスに着くために仕方なく通った。つまりリスクよりも時間を優先したのである。)


デサグアデーロに到着し、バスから降ろされた。

バスの乗務員はスペイン語オンリーの説明なので、隣に座っていたカナダ人のウェインに翻訳してもらった(彼はスペイン語がかなりできた)。

ここでは、まず警察署に行き、出国カードにスタンプをもらう。

その上で、イミグレに行かなければならない。(初め、何にも知らずにいきなりイミグレに行ってしまった)



警察署の前には長蛇の列ができていた。大人気である。




さて、待つこと15分。ようやく自分達の番がやってきた。

カナダ人のウェインは、何事もなくあっさりと終了。


さて、日本人の僕には一体どんな態度でやってくるのか・・・?

と身構えていたら、やけに陽気だ(笑)

これなら大丈夫そうだ。

スペイン語で「日本人か?」と(たぶん)聞かれ、


「シー!ハポネス!(Yes, Japanese!)」


と元気よく答えると、かなり笑われた。

一体何だったのかよくわからないが、もしかすると、質問が違っていたのかもしれない(苦笑)(「職業は?」とか)


とりあえず、なんという事もなく、国境の橋を渡り、ボリビアで入国手続きを済ませ、バスへと戻った。

いつの間にか寝てしまったが、11時前にバスはラパスに着いた。


ラパスに着いたとき、僕は予想以上に疲れていた。

もう動く気はしなかった。

今日はラパスに泊まる事なく、そのまま夜行バスに乗り込み、ウユニへ向かう。

広いバスターミナルで、僕はすることもなく、だらだらと夜行バスの発車を待った。

 




早朝5時。

僕はウユニの街に降り立った。

ついにこの街までやってきた!長かった!

LAでの空港閉鎖騒ぎでは、「ウユニには到達できないんじゃないか」と不安にもなった。

そもそも旅程を組んでいるときには、「夜行二連チャンって、高山病もあるし、無理じゃね?」と思っていたので、

ウユニの街まで来れた嬉しさはひとしお・・・


と言いたいところだが、実際にはそんな高次元な感情はそこにはなく、ただ単に、



「寒い!」



と思っただけだった(笑)

というのも、その時の気温は3℃!

東京の真冬の気温である。

それでいて、服装がダウンとかコートではなくウインドブレーカーだったのだから、寒さここに極まれり!である。


とにかく、暖を取りたい。

だが、そもそも街のどの辺に降ろされたのかも分からない・・・。

凍えながらウロウロしていると、日本人の二人組と出会った。

ユウジさんとアキコさんという。

ユウジさんはペルー、ボリビア、チリの旅で、アキコさんは世界一周旅行中とのこと。

二人とも、この街にいる目的は僕と同じだ。

「ウユニ塩湖ツアー」である。

二人とともにツアー会社を探すことになった。


1件目、Crystal tourという会社で、おばあちゃんが案内してくれたのだが、いまいちしっくり来ない。

暖を取らせてもらってありがたかったのだが、あっさり次へ。

有名なTonito tourに行ってみるも、6時前である。完全に閉まっていた。

街にはかなりの数のツアー会社があったが、結局どこも閉まっていた。

開いているツアー会社を探しながら街を歩く。

そこで、さらにツアーを探しているギリシア人のユリとアイルランド人のジョンと出会った。

ユウジさんはユリと既に知り合いだったようで、仲間が多い方が心強い!と、5人でツアーを探すことになった。






パーテイーを組めた事で、ツアー選びはうまくいった。

もう2軒覗いて、結局3軒目のHodaka Tourという会社になった。価格交渉もスムーズに進み、70ドルで二泊三日のツアーと相成った。

(大体、言い値だと85ドルである。)

すでにツアーにはフランス人が1人申し込んでいるとのことで、ツアー一行は計6名。

ようやくウユニ塩湖行きが始まった。

これで一安心。ホッとした。

 

「なんにもない」がある風景。







ウユニの大地は、複雑な皺が寄っている。亀の甲羅のような多角形が大地に刻まれているのである。(ユウジさん曰く、五角形が多く、三角形は皆無らしい)







僕は日本にいるとき、写真でこの模様を見ていたのだが、てっきり大地が「ひび割れ」しているのだと思っていた。

しかし、実際はそうではなかった。

隣り合う多角形の境界は「盛り上がっている」のだ。


 



この景観から考えるに、水分が蒸発していく過程で、塩の大地は「収縮」したのだと思われる。

そのときに生じた「内側へと向かう歪み」が、このような多角形の皺を作ったのだろう。


よくよく考えてみると不思議で、例えば田んぼが干上がった場合、土の部分は「ひび割れて」しまうが、ウユニ塩湖ではその逆で「皺がよって」しまうのである。

これは、両者の構成成分の違いが原因と考えられる。


ウユニの大地は、塩分が主体だ。塩分は結晶を作る程、分子間相互作用が強い(大地の結びつきが強いと理解していただければよい)。

この結果、水分が蒸発して行くと、結晶を作ろうと大地は全体として、内側へ内側へと収縮して行く。そうすると上記のような「皺」がよってしまう。


一方、田んぼは「土」が主要な構成成分である。

土は様々な分子のミクスチャーであり、結晶を作れる程分子間相互作用は強くない。

この結果、水分が蒸発しても、内側へ集まろうとする力は弱く、ある一定のサイズで千切れてしまう。

これをマクロに見ると、「ひび割れ」として観察できる。

両者の違いは、恐らくそんなところだろう。




分子間相互作用に思いを馳せながら眺めるウユニ。(うーん、あまりに理系的(笑))





さて、お待ちかねの昼飯。

生野菜と焼いた肉と米のような穀物だけの ものすごくシンプルなものだったが(肉もめちゃくちゃ固い)、うまいのである。



やはり、「空腹」と「壮大な景色」がいい味付けになっているのだろう。

人間の舌とはそういうものだ。




「そろそろやりますか。」 妙にロックミュージシャン風のユリ(ギリシア人)。







何をやるのか? 下の写真をご覧いただきたい。




この異常な「遠近感」を利用して遊ぶのだ。




つまり、こういうこと

「来たぜ!ウユニ!!」 ペットボトルの上に降り立ったユウジさん。





普段はもの静かだが、ウユニでテンションが高くなっているジョン。





フウゥー!!巨人に吹き飛ばされそうな小人カジ。





巨大ペットボトルで、扇!!(1人失敗しているけど、気にしないでくれ)





眼鏡の中に入ってみたり。





ハイになってジャンプ!!(これは遠近法を全然使ってない(笑))





そして、渾身の力作「巨人の餌やり」!!



これ、実は巨人役が一番辛い(首がね)。マフューはよく頑張ってくれました。






そして、最後はダァー!と寝っころがる一同。






いやー大満足。

みんなはしゃいで、楽しかったなぁ。

飛んだり、はねたり、ポーズを取ったり、寝そべったり。

(これ東京の街中でやったら、間違いなくお縄だ。)

大人でもはしゃげてしまうウユニの魅力はやっぱりすごい。


ウユニ多いに遊ぶべし。

 






19時半。

バスは発車した。

既にクスコ→ラパス間のバスで、夜行バスには慣れていたつもりだった。

しかし、ここはボリビア。

ペルーは比較的道が良かったが、いつの間にか、ガタゴトッガタピシャする道に変わっていた。

当然、未舗装の道である。

なるほど、アスファルトって物の大切さがよーく分かった。

日本の道は素晴らしい!


また、これも見込みが甘かったのだが、めちゃくちゃに寒い。

クスコからラパスまでも寒いなぁと思っていたが、ラパスからウユニまではもっと寒かった。

僕は確認していないが、後に出会ったアイルランド人が言うには、

「窓が凍っていた」

らしい。寒さと疲れとガタピシャで、僕はろくすっぽ眠れず、ただひたすらウユニに着くのを待った。

しかし、臭くない。

このバスは臭くなかったのだ(!)

それだけが救いである。


バスがウユニに着いたのは、朝5時頃。

結局クスコから数えると、23時間バスに拘束されていたことになる。はぁ・・・、疲れた。


 






ウユニ塩湖。

太古の昔、南米大陸が出来上がる時。

急速に隆起する大地に囲まれて、逃げ遅れた「海」があった。

大地はアンデス山脈を形成し、逃げ遅れた海は山に囲まれて地上3700mへと突き上げられた。

山脈に囲まれたその地には、雨が滅多に降らなかった。

その結果、海水は蒸発の一途を辿り、ついには干上がってしまった。

残されたのは、大量の塩。

こうして、関東平野に匹敵する巨大な塩の平原が出来上がった。


・・・とまぁ、ウユニ塩湖の成り立ちはこんなかんじである。

その地を目指して一行は出発した。

まず立ち寄ったのは、「鉄道の墓場」。



地平線まで続く線路。現在は使われていない。




異常なコントラストの世界に、鉄道の墓場はあった。




ウユニの街には鉄道が乗り入れているが、古くなった鉄道はここに廃棄される。




地中に埋まった車輪が「時の流れ」を感じさせる。





荒野の中に、錆びた列車。

変な夢を見ているような光景に、「ああ、ようやくウユニの旅が始まったのだな。」と感慨深く思ったものだ。




さて、鉄道の墓場を後にして、一行は荒野の中「ウユニ塩湖」を目指して再び出発した。



窓の外は、だだっ広い大地が延々と広がっている。

遠くを眺めていると、


「?」


おかしな風景に気がついた。






「島・・・か?」


みると、地平線の近くに島のようなものが「浮かんで」いるのである。


そのうち、さまざまな浮遊物体が確認され出した。



UFOのようなもの、

 



白い三角形の物体・・・一体なんだろう?




おそらく蜃気楼なんだと思うが、蜃気楼を見るなんて全く予想していなかったので、なんだか不思議な世界に迷い込んだような気分になってきた。




やがて、景色は唐突に一変した・・・!





辺り一面、真っ白だ。








一同感激・・・!


白い大地をランクルは悠然と駆け抜けていく。





しばらくすると、白い小山がたくさん盛られた不思議な場所にやってきた。


 








「そうか。さっきの白い三角形の浮遊物はこれだったのか!」




 



どうやら塩を精製するために、日干しをしているらしい。

それにしても、永遠と続く白い大地に、白いとんがり帽が延々と続く世界。現実感が極端に少ないのである。




何はともあれ,ツアー一行はウユニ到着を喜んだ。

「来たぞぉー!」




「満足です。」





その後、塩の精製工場などを見学。

 



そこで売っていた「ウユニの塩」を1.5kg程購入。あーどんどん荷物が重くなっていく(笑)

それにしても右側の写真。ウユニでも「ポケモン」は人気があるようだ。

ピカチュウは今や世界的な人気者なんだろう。まったくすごいカバー率である。




次に立ち寄ったのは、塩湖の真ん中に立つ「プラヤ ブランカ」というホテル。

ドラゴンボールの亀仙人ハウスを思わせる風情がある。





 



実はこのプラヤ ブランカ、塩で出来ているのである(!)

ウユニは大地が塩なので、塩と言っても建築材に使える程固いのだ。


ヘンゼルとグレーテルに出てくる「お菓子でできた家」のようだ。(こちらはしょっぱいが。)

(ちなみに、プラヤ ブランカは現在、表向きは博物館になっていて、ホテルとしての営業はしていない。しかし、稀に(ツアー会社によっては)泊まる事ができる。)







各国の国旗が立っており、一見ピースな場所のように思えるが、

たまに仲の悪い国の国旗が破られるらしい。

(後になって知ったのだが、写真中央のイスラエルの国旗は、翌日には引き千切られてしまったそうだ)

 

うーん見事に 「白」と「青」の世界。

 



これだけ、シンプルな世界もそうそうないんじゃないか?




そして、地平線には相変わらず「空中に浮いた島」が見える。

 


なんだか、壮大なマジックショーを見せられているような気分だ。





さて、広大なウユニ塩湖を満喫した一行は、「魚の島」と呼ばれる場所へと向かった。






「島」と言っても地続きである。

塩の上に岩石が突出しているのだが、確かに白い大地が水面に見えて「海に浮かぶ島」に見えてくる。






魚の島には、岩石の間から無数の巨大サボテンがにょきにょきと生えていた。






数だけで言ったら、人間よりもサボテンの方が優勢である。






そして、島から眺めるウユニ塩湖。もはや「塩の海」と言ってもいいくらいだ。






これが、地球の上なのか。そんなことを思わされてしまう風景。






まさに、「異世界」だ。

ウユニを形容する言葉で、これほど適切なものはないだろう。

(実は今回の旅で僕が一番見たかったのは、マチュピチュではなく(^^;)、この景色だったのだ。)



「はるばるやってきたなぁ。」



と1人、強烈な満足感を味わっていた。

これこそ、旅の醍醐味である。





さて、このばかでかいウユニ塩湖を余すところなく表現するために、僕は360度パノラマ写真というのをやってみた。

是非写真をクリックして拡大版を見ていただきたい。そこにはウユニの大地が広がっている。(ページがめちゃくちゃ重いけれど。。)








このとき、身体的にはちょっとしんどかった。疲労と高山病の頭痛、それから極度の乾燥で唇が切れ、かなり痛かったのだ。

それでも、それを忘れるくらい、「確かにその場所に立っている感触」を僕は精一杯感じていた。

 






さて、一行は1泊目の宿へと到着した。





塩の大地からはやや離れた山間の集落に、その宿はあった。

この宿も、全て塩で出来ていた。

ここでは、「塩」が最も手頃な建材なのだろう。



ここに来て、僕はあることに、はたと気が付いた。

マチュピチュにて汗だくでワイナピチュを登り、その後、夜行バスの2連チャンで2日半ほど風呂に入っていない。


今日もウユニを這いずり周り、いいかげん風呂に入りたいところだが、金がかかるらしい。

その上、シャワーを浴びて来たギリシア人のユリが言うには、


「確かにホットシャワーだったけど、熱いのが出て来たと思ったら、次に冷たいのが出て来て、また熱いのが出てくる。交互に出てくるんだよね。」


とのこと。

疲れてしまって裸になる気もしないので、今日はやめることにした(おい)。

とりあえず、夕日までの時間を部屋でくつろごうと靴を脱ぎ、ベッドへ横たわ・・・



(くさ・・・ッ!)



靴を脱いだ瞬間、これまで嗅いだ事の無いような猛烈な臭気が放たれた。

そう、「世に放たれた」と言ってもいいくらいの臭気だ。


全くもって自分の足とは信じられない。(というか、信じたくない(笑)それくらい臭かったのだ。)


それはまるで、生ゴミとも◯ンコともつかないような、とにかく、すさまじいものであった。

明らかに醗酵しているのである。

微生物達が僕の両足で、間違いなく繁栄している。

一大文明を作り上げているのであろう。


(これが文明の香りか?)


とよくわからない事を考えながら、


(しかし、あまりにウ◯コ臭い。となると、細菌叢は腸内と同じく、グラム陰性桿菌が主体なのだろうか?)


などと、微生物学先攻の名残で冷静に考えたりもした。


足というものは、とにかく汚れるものらしい。

特に旅先では靴下の換えの方が、下着の換えよりも重要な気がする。



さて、そんな状態でも、飯はうまいのである(笑)

特に右側の「フライドポテトと牛肉(かアルパカの肉)とタマネギのケチャップ炒め」は気に入った。

(ちなみに、五反田のペルー料理店でも同じ料理を食べられる)


 


飯がうまいのは、身体も心も健全な証拠だ。

僕はひたすらがっついていた。

 






というわけで、夜。

実は、クスコからラパスへ来る途中、バスから見た夜空で、「ウユニでも絶対!星がきれいだ。」と確信していた。


まさに、その通り!

外へ出ると、もう星達が精一杯輝いていた。


僕はそれを自分のものにしようと、三脚を立て、カメラをバルブモードに切替え、写真を撮影し始めた。

このとき、レリーズ(ケーブルの先にシャッターボタンがついたもの)を忘れてきた事にはたと気がつく。



「なんたる失策か!」



かなり凹んだ。


カメラをやる人ならすぐ分かると思うが、バルブモードで撮影する場合、シャッターを開けている間(それは30〜45秒くらい)シャッターボタンをずっと押し続けなくてはならない。

そのとき、レリーズがあれば手ぶれしなくて済む(ケーブルの部分があるので、振動が伝わらない)。


しかし、レリーズがないとなると、僕は手で30〜45秒間もシャッターボタンを押し続けることになる。

当然、その間に少しでも振動が伝わってしまうと写真はブレてしまう。


さらに手を離してシャッターを切る時にもわずかに振動が伝わってしまい、これまたブレてしまう。

つまり、レリーズなしの撮影は、手ぶれリスクが非常に大きいのである。


そんなわけで、僕はカメラが動かないようにドキドキしながら必死になって写真を撮っていた。


僕は写真を撮るのが大好きなので、こういう瞬間は身体感覚のレベルで、かなり克明に憶えている。



「撮れているか?」



その緊張感と、雄大に広がる自然。

僕は旅に出ると、その二つに挟まれることが多い。

きっと、その二つに挟まれることが、この上なく楽しいのだろう。

(でも、できればレリーズを持参して行きたい・・・。)




「撮れている」ことを天に祈りながら撮った写真。天の川が輝いていた。







集落の様子。こんな星々に囲まれて普通に過ごしている人もいるんですよ。







月。実は三日月だったのだけれど、光が強すぎて満月のようになってしまう。(ちなみに、星空を撮るベストなタイミングは新月のときである。)







くやしいけれど、写真では伝わらないのが「立体感」。肉眼では、星が「宇宙空間に浮いている感じ」がよく分かるんだけどなぁ。。








恐らく、僕がこれまで見た夜空で、一番きれいだったと思う。

いや、もっと具体的に言おう。


サハラ砂漠の夜空より、

南アフリカの夜空より、きれいだった。


月並みな表現だが、「星ってこんなに沢山あったんだ。」である。


きっと、月の満ち欠けも大きな影響を与えているはずだが、それとともに、恐らく「3700m」という高地であることが関係していると思う。

ここは恐ろしく乾燥している。

そのため、空気は澄み切っているし、雲も少ない。

また、本当かどうか分からないが、単純に「高い」ということも星を見やすく、綺麗にしている要因だと思う。



「ここは南半球だから、南十字星が見れるはず。」



と探してみたが、あまりに星が多過ぎて、結局見つけることができなかった。


けれども、僕は満足である。





 
Bolivia2.3.html

つづく !

(長っ(笑))